ある陰謀論

昔々、中高生の時、足尾銅山鉱毒事件について習った。渡良瀬川田中正造等という固有名詞を覚えた。長じて、幸徳秋水荒畑寒村、谷中村等という言葉も覚えた。日本初の公害であり、世界でも類例を見ない悲惨さであった。政府や古河財閥の対応の酷さは、怒りを通り越し呆れ返った。
これは忘れてはいけない問題である。全国民にとって。私はそう思っている。ヒロシマの災禍と同じくらい重要であり、語り継がねばならない。

しかるに、1993年、森高千里が『渡良瀬橋』という歌を出した。
馬鹿じゃなかろうか、と私は思った。
渡良瀬橋というのは当然ながら渡良瀬川にかかっている。森高は私の一つ下だが、足尾銅山鉱毒事件について習わなかったのか。
森高は地図を見ていて響きの良い地名だから、使ったと言っていた。これが嘘っぱちだということは、後段で明らかになる。森高は足尾とは縁もゆかりもない熊本の産である。シンガー・ソングライターというのは、そんな安直な方法で詞を書いていいのか。先ほど書いたように森高は熊本出身だが、熊本の、例えば水俣でテキトーな歌を書かれたらどう思うのか。
私は森高を信用しなくなった。

年を経て2006年、モーニング娘。等が所属するアイドルの団体「ハロー!プロジェクト」のメンバーが、チッソの100周年記念のイベントに出演した。
馬鹿じゃなかろうか、と思った。
チッソはいうまでもなく水俣病の原因企業だ。ここでも足尾と同じく政府とチッソの共犯関係は繰り返されるのだが、それは略す。
そのような犯罪企業にハロプロが加担する必要はどこにあるのか。同時、ハロプロ・ファンだった私は、やはり憤慨するよりも力が抜けた。細かい言及は避けるが、彼女らが所属するアップフロント・エージェンシーという事務所は理不尽な会社なのだ。
そして、気付いた。森高千里アップフロント・エージェンシー所属だと。

アップフロント・エージェンシーは国策に沿う会社である。それは、まだ外国人観光客の少ないその頃(今から10年ほど前)に、すでにvisit Japanキャンペーンに参画してたことからも想像出来る。

そして昨年、私は石牟礼道子の『苦海浄土 ―わが水俣病』を読んだ。Eテレの「100分de名著」がきっかけという情けなさだが、読まないよりは良いだろう。
石牟礼道子は自分の思想上の師に田中正造を挙げていた。水俣病の発生時から、足尾銅山鉱毒事件のことは思い出されていたのだ。

そして、私が「陰謀論」ということを書く。
アップフロント・エージェンシーは熊本出身の森高千里足尾銅山を美化・風化させた。渡良瀬川畔には現在、『渡良瀬橋』の歌碑が立っている。
そして、人気アイドルを水俣病の風化に利用した。しかも、それは森高の地元の熊本の話だ。
完璧な連繋ではないか。拍手を送りたい。二度とアップなんか信用しないけどな。